もど記

はてなダイアリーとはてなハイクの後継

 日本の太平洋側の地域と日本海側の地域の冬期の気候は、著しく異なります。その違いを最も端的に表した文章が、
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」
 という、川端康成『雪国』の冒頭でしょう。「国境」とは上野国越後国、今で言うなら群馬県新潟県の境。太平洋側から上越線に乗ると線路は谷川岳にぶつかり、清水トンネルに入るのです。
 我々が今、上越新幹線に乗った時に通るのは、新幹線のために掘られた大清水トンネル。大清水トンネルを新幹線が抜けると、やはりそこも雪国ではあるのです。が、川端が『雪国』で書いた「国境の長いトンネル」はもちろん大清水トンネルではなく、昭和六年(一九三一)に開通した、清水トンネルです。
 川端は、昭和九年(一九三四)に、初めて清水トンネルを通って、トンネルの向こうの越後湯沢に行ったようです。そして翌年から『雪国』の断章を書き始めている。
 現代を生きる私たちが『雪国』の冒頭を読むと、落ち着いた旅情を感じるものです。新幹線と対比して、「昔ながらのローカル線は、やっぱり情緒があるよね」などと。
 しかし川端は、「昔ながらのローカル線」というよりは、「開通して三年の、新しい路線」について記していたのでした。それまで関東から新潟に行くには、碓氷峠を通って長野経由で直江津に入って新潟へ、という信越線ルートしか無かったのが、清水トンネルによってグッとショートカットできるようになったわけで、上越線は新しい時代を感じさせる乗り物であったはず。
(裏から見た日本第10回 文学が描く、「表」の男と「裏」の女 酒井順子 本の窓2013年9・10月合併号小学館p.32-33)