もど記

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日本は火山と入り江の国

007は二度死ぬ」は日本が舞台。丹波哲郎がかっこいいです。
これを観て思ったことは、「想像以上に『日本』を正確に描写している」ということです。
忍者だの、お風呂で寄って集ってボンドの体を洗ってくれる女性だの、いわゆる「外国人が勘違いしている日本像」も勿論ふんだんに登場するのです。そういうお笑い要素が強調された「外国映画に出て来る日本」は、21世紀の今この時点になってみるともはや「お約束」として楽しめます、「はいはいそのパターンね」と。時には多少不愉快なこともある。
しかし、この映画では頻出するそれらの要素を差し引いても、というかそれらを吹き飛ばす勢いで、「これが日本だ!」というところを掴みだしている。
それは、国土の描写です。

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日本とは何か。それは火山であり、入り江(浦)であるのです。
大掛かりな空撮をはじめとして、実にダイナミックな映像で、日本の姿をじっくりと見せてくれる(実際には日本以外の土地でもロケをしていて、それらを日本の場面として巧みに組み合わせて使っているということですが)。
この映画が撮影された時期を考えると、まさに日本がブルドーザーで国土を急激に大改造していた時代。この時すでに相当開発が進んでいたでしょうが、この後のことも考え合わせるともはやその姿は同じ国とは思えないほどの様変わりをしているのです。そういう意味でも貴重な映像。
それでも、(自然浸食の影響はあるにせよ)山と入り江はやはりほぼあのような形をしていて、それはその個性を最も色濃くかたどる日本列島の特徴といえましょう。
「そうやんな! 日本てこういう国やんな!」そんな言葉が思わず私の口をついて出ました。

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現代では、テレビやネットで外国の情報を沢山得ることができますが、そんな中でも情報量には差があって、比較的多くのイメージを持っている地域もあれば、ほとんど知らない地域もあります。実際に滞在した人以外は、よく知らない外国に対してわりと画一的で貧困なイメージを抱いているものなのではないでしょうか。
テレビで使われる、その地域を表すイメージ映像のパターンがありますでしょう。自由の女神が映ればアメリカ合衆国のニューヨーク、ブラジルならキリスト像、フランスならエッフェル塔などと、象徴的な建物の映像が使われることが多いように見受けます。エジプトならピラミッド、カンボジアならアンコールワットギリシャならパルテノンなど、遺跡や歴史的建造物の場合もあります。
また、白砂のビーチ、サバンナと野生動物、広大な砂漠、冠雪した急峻な峰など、国土の特徴がイメージされる地域もあります。南洋の島々、アフリカ大陸、アルプスやヒマラヤなどの山脈などなど。
その他に、食べ物や服装といった風習でわかりやすいものがあれば、それらの映像が使われることもありそうです。
外国のテレビで日本を扱う時は何が使われているのでしょうか。京都や奈良のお寺や塔などでしょうか。あるいは「スシ」の映像でしょうか。いや今は秋葉原のコスプレの女の子が映し出されているのかも。
外国の一般的な人々がぱっとみて日本をイメージできる映像ってなんでしょうか。
多分自他共に、日本って技術・ハイテクの国というイメージと、エキゾチックな伝統文化の国っていうイメージと、大きくそのふたつあたりが柱という認識なんじゃないかと思います。だから日本を象徴する「絵面」って、建物にせよ工業製品にせよ、人工物がほとんどだったんじゃないでしょうか。
日本を象徴する自然の姿って何か。この列島は世界でも希に見る自然豊かなエリアで、その四季がもたらすダイナミックな味わいはちょっと他に類を見ない。しかし、日本の自然の姿をわかりやすく説明することが、見せることが、今までできていたのだろうか。こんなに自然豊かな国なのに!
あるいは自然が豊かだからこそ、何かを選んで切り取って代表するということが難しいのかもしれません。どこをとればいいのかわからない。日本の特徴は「水蒸気」だと言ったのは確か宮脇俊三氏だったかと思うのですが(だから「日本は火山と入り江と水蒸気の国」がより正確だと思います)、それは本当にそうだなと納得するのですが、いかんせん水蒸気は見せにくい。わかりやすく見せるには何が適切だろうか。
おそらく日本人にとって最もシンボリックなのは富士山だと思うのですが、そして実際「Mt.Fuji」「FUJIYAMA」は結構海外でも知られていて、日本のイメージとしてポピュラーなものだと思うのですが、国内でこそああいう山は珍しいのですけど、世界的に見たらそうでもないらしいので、日本のことをそんなに知らない人があの山の写真を見て富士山だとすぐに判断できて、そこから日本という国を連想する、ということをスムーズにできるのかどうかはわかりません。
だが我々には! 「007は二度死ぬ」があったのです! あれをみせて「これが日本という国だ!」と言えばよかったのです!
火山と入り江なのです。

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この列島は自然災害が多いところ。地震が多いのです。そして水害(もちろん津波を含む)や崖崩れ。それは宿命。そのことからは逃れられない。それも込みで国土の姿なのだと思うのです。それを象徴するのが火山と入り江なのではないでしょうか。
「日本はどんな国ですか?」「火山と入り江と水蒸気の国です」これがジャストなんじゃないかと、私はこの映画をみてはっきりとそう思ったのです。
この映画の、九州の火山の上の空撮は本当に素晴らしかった。霧島山系の連なる火口をあんな風に見たことは、他にほとんどありません。
資料によると、原作では海に面した城が舞台になっているので、そのような場所をロケハンしたのだが、全く見つからない。それはそうでしょう、城の機能を考えればそのような危険な場所に城を建てることはまずないのです(僅かに例外がありますが)。困り果てた制作者は、曰く「日本の3分の2は見た」そうですが、上空をヘリで飛んでいて九州の火山群を見つけ、これは素晴らしい! ということになったのだそうです。それを見て、火口の下に敵陣営の秘密のアジトがあるという設定を思いついたということですから、日本の国土の姿が映画の脚本を変えてしまった、と言えるでしょう。実に面白いことです。
富士山も確かに火山なのですが、いかんせん日本に限ってはとても特殊な山です、まさに唯一無二。
やはり真に日本の自然の、国土のこの複雑さを的確に表現しているのは、あの九州の霧島山系のような山の形なのではないでしょうか。
そして入り江。ボンドが潜伏する漁村を海の側から少し引いて移した画など、実に日本の海岸線の典型をよく映していると感じました。
あのような無数の入り江が、2011年の大災害で甚大な被害を受けたのです。あれ以来、私は「津々浦々」という言葉のリアリティを繰り返し噛み締めています。国の隅々に至るまで、という意味を持つこの言葉。浦の一つ一つにそれぞれ人の暮らしがあるということを。

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住んでいる日本人が日本を象徴する風景として火山をあげることは一部を除いて殆どないのじゃないでしょうか。勿論日本に火山が多いことは知識としても知っているし実際に見たり体感したりもしているのだけれど、あまりに身近すぎて、当たり前すぎて、それが特徴だとわざわざ言うことはないのではないか。
実際に住んでいるからこそ気づかないこの国土の特徴を、外からやってきて空からじっくり眺めて回った人たちが適切に掴んで表現してくれたと私は思いました。

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火山も入り江も、日本にしかないわけではない。地球上には沢山あります。火山学者の言を待つまでもなく、「地球は火山が作った」のですから。地球上最も面積が広いのは海なのですから。
だから外国の人たちにこれらが日本の特徴です、と言ってみても、そんなのどこにでもあるよ、うちにもあるよ、とあまりしっくりこないかもしれません。それでもやはり、正確な姿を伝えたい。いや、外国の人たちにとってぴんとこなかったとしてもそれでも、住んでいる人間の自認としては、そういう正しい認識を共有しておいたほうがいいと思うのです。