もど記

はてなダイアリーとはてなハイクの後継

上橋 そうですよね。もし、自分が本当に辛い状況にあったら、ファンタジーなんか読みたくないって思うのだろうか、と考えてみたんです。多分、最初はそうでしょう。物語どころか、なにもかもが崩壊し、ただ茫然としてしまい、ひたすらに悲しく、何についてもネガティブにしか捉えられず、絶望という感覚の中に、しゃがんでしまうと思う。でも、少し時間が経って、もう一度生き直したいという気力がわずかにでも生まれた時期に、ファンタジーを読んだら、ファンタジーというものがもつ、「ほかの世界を想像し、そこに生きてしまえる力」が、独特の助けになるような気がするんです、そこで一生懸命生きて帰ってきたとき、「これしかない」と思っていた今の現実、行き止まりだ、と思っていたところに、別な可能性が見える。どんな状況の中でも、人は生きてきたんだな、と納得できる。他者がやってきたがんばりが、自分の心にも火を灯す。物語の中から戻ってくると、今の自分のいる場所が、それまでとは少し違う風景に見栄、風を感じることができる。それが、物語の持つ大きな力のような気がしているのです。
天と地の守り人〈第3部〉新ヨゴ皇国編 (新潮文庫) p.393 あとがきの鼎談より)